結婚とはアダムとエバまでさかのぼる古代から存在するものです。モルモン教の指導者ハワード長老は次のように述べています。「永遠の結婚は創世以前に定められた原則で,死がこの世に入り込む前に設けられました。アダムはエバに、エバはアダムに、堕落の前にエデンの園で神から与えられました。聖典にはこう記されています。『神が人を創造された時、神にかたどって造り、彼らを男と女とに創造された。 彼らが創造された時、神は彼らを祝福(された)。』(創世記5:1-2)」F・バートン・ハワード長老、「永遠の結婚」、リアホナ 2003年5月号92ページ)

神によって定められた結婚

結婚は核となるもので、そこから家族という単位を作ります。それは人間が神に背き、神の約束、宗教や儀式なしに自分のやり方で生活を始めるまでのことでした。

「結婚の聖約を守る人々に、神は完全な栄光と永遠の命をお与えになります。また、子孫を永遠に増し加えてくださり、日の栄えにおける昇栄と完全な喜びを約束しておられるのです。」(F・バートン・ハワード長老、「永遠の結婚」、リアホナ 2003年5月号92ページ)

今日の世界では、豪華な結婚式に何百万、または何千万円もかける男女がいます。豪華で高価な飾りや優雅なドレス・・・しかしモルモン教の結婚式(結び固めとも呼ばれます)に勝るものはないでしょう。主の神殿の聖壇にひざまずき、結び固めの執行の権能を持つ者から聖なる神権(神様の特別な力)により互いに結び固める神聖な聖約を交わすことに比べることはできません。

なぜモルモン教ではそのようなことをするのか疑問に思うかもしれません。永遠の結婚の神聖さと美しさについて説明させてください。

神殿結婚

永遠の結婚とは

わたしたちにとって結婚は永遠のものです。恋に落ちるとき、それが続くのは離婚するまで、あるいはどちらかが死ぬまでのことではありません。モルモン教では愛が芽生えると、それは永遠に続くと理解します。これにより、相手を選び、恋に落ちるときにはほんの少し注意深くあって欲しいと思います。

「市民結婚は地上における契約であり、どちらかの死をもって終わりを迎えます。永遠の日の栄の結婚は男女の間の神聖な聖約であり、権能の鍵を持った神の僕により聖なる神殿で捧げられるものです。それは死を超え、時間を超越し、永遠に壊れることなく続くのです。・・・それはいつまでも永遠に続くのです。」

夫が瀕死の状態にあった時、もしわたしたちがこの世だけ、言葉を変えて言えば死ぬまでの結婚しかしていなかったら、わたしの心は粉々に砕け散ってしまっていたでしょう。アルヴィンに出会った時、わたしたちは一瞬にして惹かれ合いました。でもデートするようになるまで一年くらいかかりました。彼は3回目のデートでプロポーズしました。それは1984年のことでした。わたしたちが結婚したのは1995年でした。

わたしたちは11年間離れていました。バウンティフル神殿の聖壇をはさんで互いにひざまずいた日、わたしは救い主が二人を永遠に結婚するための方法を用意してくださったことにどれほど感謝したことでしょうか。愛する人に永遠にさよならを言わねばならないとしたら、なんと悲惨な人生になることでしょう。たとえ何十年も強い愛の絆で過ごしてきても、死により終わりにしなければならないのは悲しいことです。「真理」は「理由」であり、「理由」は神の聖なる神殿の壁の中で正しい権能のもとで結婚すると、この結婚はずっと継続すると言っているのです。

これがモルモン教の神殿結婚の目的です・・・あなたから出た一本の家族の鎖はアダムとエバまでつながり、そこにはこの道に倣うことを選んだ神のすべての子供たちが含まれるのです。

ですからわたしの質問は次のようになります。「あなたはどのくらいご主人を/奥様を/お子様を愛しておられますか?ご家族と永遠にともにいたいですか?主はその方法を与えてくださいました。主に従いますか?」

 

この記事は元々はCandaceによって書かれ、https://ldsblogs.comに投稿されました。

 

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