人と自分を比べることは、いともたやすくできることです。特にソーシャルメディア上では、人の良い所がより良く見え、自分の欠点がますます悪く見えるものです。

人と自分を比べ、常に完璧さを求めることは、実は良い影響ではなく、むしろ悪い影響の場合が多いのです。

モルモン教の指導者の一人であるディーター・F・ウークトドルフ管長は、2011年の総大会(教会の指導者たちがお話をする会)で「忘れな草」というお話しをされましたが、それと同じように完璧な人間は誰もいません。またクエンティン・L・クック長老がごく最近のフェイスブック記事に書かれたように、わたしたちは幸せになるためには完璧でなくてもよいのです。

幸せになるために完璧でなくてもいい

総大会でお話するクエンティン・L・クック長老

この写真はLDS Living より

わたしたちは普段の生活の中で、自分の領域内で優秀な働きをしている人を見ると、ついその人と自分を比べてしまいます。そして自分は取るに足らない小さな者であると感じてしまうのです。いつでもどこでも自分より優秀な人が周りにいるように感じます。ソーシャルメディアはこのような思考や比較を助長しがちです。

ぜひ、自分に問いかけてみて下さい。幸せになるためには優等生にならなくてはいけないのでしょうか?それほどまでに自分に厳しくするべきでしょうか?聖文の中には幸福について書かれていますが、決してそれは物質的、学問的成功、技術、仕事上の成功について言及しているわけではありません。

モーサヤ2:41には、ベニヤミン王の教えが書かれてあります。「そしてさらにあなたがたは、神の戒めを守る者の祝福された幸福な状態についても考えてほしい。見よ、これらの者は物質的にも霊的にも、すべてのことについて祝福を受ける。そして、もし最後まで忠実であり続けるならば、彼らは天に迎えられ、決して終わりのない幸福な状態で神とともに住めるのである。おお、これらのことが真実であることを記憶にとどめ、覚えておきなさい。主なる神がこれを言われたからである。」

この記事はもともとLDS Living Staffによって書かれ、ldsliving.comに”Elder Cook Shares One Dangerous Misconception About Perfection Mormons Need to Stop, Now” の題名で投稿されました。

編集者ノート:この記事から、完璧な人間でなくても幸せになれることが分かりましたね。これからは、自分と周りの人を比べてしまう代わりに、現在の自分と過去の自分を比べてみてはいかがでしょうか?そうすることによって、自分の成長に気がつくことができるかもしれませんよ。

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