「良い出来事を分かち合うと、自分や周りの人を幸せにできる」というのは聞くけれど、苦しみや不幸はどうだろうか?不幸を分かち合って良いことなんてあるだろうか?

苦しみを分かち合う勇気

子供の頃、テストで100点取った時は喜んで友達に見せたけど、0点だった時は必死で隠したのを覚えている。 だって、見せたら「自分は勉強ができていない」とか「頭が悪い」とかって、からかわれるかもしれない。 そしてなんといっても、自分をさらけ出して「わたしだけが0点」だったら寂しすぎると恐れたから。

でも、クラスメイトが「あちゃ〜、俺0点だぁ」って声出してつぶやいた時は、それを聞いて思わず「よかった〜わたしだけじゃない!」ってホットした。(笑)自分の置かれた状況(テストの点がひどいという事)が変わった訳ではなかったけれど、「ひとりぼっちじゃない」って知っただけで気持ちの持ち方が変わった。クラスのほとんどが良い点だったとしても、わたしはもう怖くない。これから頑張ればいいのだってさえ思った。

不幸を分かち合ってくれるクラスメイトがあの時いなかったら、「わたしだけこんなひどい点なんだわ」ってあのまま自分を責めて悲しんでいたと思う。でも、辛いことを共感し合う人ができただけで、心の負担が楽になって不思議と前向きになれたのだ。

苦しみを分かち合う時に起こる奇跡

苦しいことをさらけ出すことで人の役に立つことがある。そう、不幸を分かち合って良いこともあるのだ。 自分の失敗や、悩みで誰かを励まし、孤独から抜け出す手助けとなれるかもしれないなんて不幸中の幸いじゃない?それに自分も気持ちが楽になるかもしれない。

でも、大人になると、いろいろ問題も複雑で、なかなか心の内にある悩みを分かち合うのには勇気がいるよね。 だからわたしもこんな可愛い小学生の時の悩みを例にしたんだよね・・・

でも、あえてここでさらけ出そう。わたしは若い頃に描いたお姫様のおとぎ話のような素敵な人生とはずいぶん違う道を歩んでしまった。 人に見捨てられたこともあるし、暴力や離婚、大切な人の死、金銭的な困難、挫折の経験、そして今も精神的な病気との戦いをしている最中。4人の子供のひとり親としていろんな悩みを毎日抱えて生活しているよ。辛さと上手く向き合えずに、バカする癖もあって 。それでもって、寂しがりやで、負けず嫌いで、すぐ自分と人を比べて落ち込む。そして、一番ダメなところは、「わたしだけこんな思いをしているんだわ」って思い込んでしまうところかな。

でも、頭の中では知っているんだよ。わたしだけじゃないって。

先日友人が 「みんな同じよ。みんなそう変わらないんだよ」と言ってくれた。

その時はつい心の中で「何言っているの?みんな全然違う。特にわたしなんて、みんなよりダメダメなのよ」って思った。でもよく考えたら、彼女が正しいのかもしれない。

みんな苦しいことがある。みんな不完全。そしてある意味、どんな人も、一生懸命生きている。幸せと不幸のがけっぷちを行き来しているのはわたしだけじゃないはず。

苦しいリストが違うだけなんだよね。

プレッシャー、失敗、悔しさ

絶望、怒り、困惑、

嫉妬、悪意、後悔、

拒絶、不満、悲しみ、

痛み、不安、恐怖、無念・・・

苦しみには種類がいっぱいある。

苦しみには名前がいっぱいある。

リストにしたらきっと終わらないね。

でも、これらのものは誰かと共有することだけでも癒しと勇気を生み出すきっかけになってくれると思う。 もちろん「誰か」とは決して「誰でも」ではないけどね。(笑)(誰もが一度は分かち合って痛い目にあったことがあるから分かるでしょう?)

でもそれでも、人はやっぱり一人では生きていけない。人と人は目に見えない絆でみんな繋がっている。出会いにも偶然は一つもない。人と人は何かのために出会い、そして時には何度もお互いの人生を交差しているのには互いに与え合うものがあるからなのだと思う。だから、幸せももちろんのこと、不幸も分かち合っていいんだよ。

少し、ギャンブルかもしれないけど、心を開いて苦しみをさらけ出してみることは価値のあるかけだよ!

この記事はAlineによって書かれ、Keepers of Lightに投稿されたものです。

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