人生には疲れ果てて何もやる気が起こらない時が誰にもあるものです。そんな時に何もすることもできず、時にはとても破滅的な習慣に陥ってしまうこともあります。反省し、悔い改めたいとは思いますが、そうする気さえ起こらない時もあります。簡単な解決法があります。それは運動です。

この二つのこと(運動と悔い改め)について同時に語るのはちょっと変ですが、本当につながっているのです。もしそのうちの一つができれば、もう一つもできるようになり、質の高いサイクルができるのです。この記事は運動することによりもたらされる益とそれがどう悔い改めとつながっているかについて書いたものです。信じられないかもしれませんが、運動は悔い改め、自分を変える力を後押しする偉大な秘訣なのです。

わたしは罪、過ち、依存的行為と運動の関係についてお話ししようと思います。以下のセクションで述べられる効果は人間のあらゆる弱さに当てはめることができます。自分が一番欲する効果に注目していただければと思います。

 

運動はストレス解消に役立つ

多くの依存症、罪、悪い習慣などはストレスを解消するための単なる悪いやり方なのです。運動はこれらを処理するためのメカニズムの一つになのです。気が狂いそうになるくらいストレスいっぱいになったら、ランニングをしたり、ジムに行けばいいということが分かるというのはいいことです。時には家の周りで肉体労働をするだけでもストレスがおさまり、心も軽くなり、心配事も飛んで行きます。

近年の研究によれば、運動はしない時と比べると、運動することにより肉体を強め、ストレスに対処できるようになることが分かりました。つまり定期的に運動すれば、ストレスに対処する方法は全体的に改善されるということです。これはお金もかからず、とても楽しいので、特にすばらしいと思います。

 

運動は創造力を高める

円形に並んだ色鉛筆

写真はMORMON HUBより

運動はあなたのストレス対処の方法を増やすだけでなく、創造性も伸ばします。時には、ある状況にあって出口を見つけられないがために、罪や悪い習慣、依存症に陥ってしまうことがあります。あまりにも多くの締め切りに追われて十分な仕事をするゆとりもないかもしれません。おそらく給料日までまだあっても、什分の一の用紙(訳注:教会の会員が神様にお返しする収入の10%について書く用紙)が重く感じられるかもしれません。

運動した後、創造性が増す時間は2時間続くという研究があります。仕事の合間にちょっと歩くことをわたしがお勧めする理由です。立ち上がったり、ボールチェアのようなものに座るだけでも血行がよくなります。創造性が増せば、日々遭遇する新たなチャレンジによりよく立ち向かうことができるようになりますし、加えて創造性はこんなおもしろいものも作れるようになります。

創造性が増すと、生活、習慣、時間の管理などについて評価し、それをどうしていくか新しい方法を思いつくようになります。創造性を持つことにより、キリストに近づく妨げとなる自分で設けた限界やルールを壊せるようになるのです。

 

運動はもっとやる気をださせてくれる

誰もいないジム

写真はMORMON HUBより

逆説的に聞こえるかもしれませんが、やる気を出して行う運動というものはもっとやる気を出す助けとなります。これは本当なんです。かつて親友のいとこは彼に端的に言うと「足を動かせ」というアドバイスをしました。もしわたしたちが足を動かせば、主はわたしたちを導かれ、歩き続ける力を与えられ、良い目的にわたしたちをお使いになり、大いなる者とされます。大事なことは何でもやたらめったらやるというのではなく、ただ立ち上がって何かをすれば良いのです。

研究によれば運動はやる気を起こさせ、生産性を高めるということを明らかにしました。わたしたちが見ているパターンは運動の恩恵が人生のあらゆる面に影響を与えるということです。このようにして、肉体というものは心や精神に非常に緊密につながっているということが分かります。何でも肉体にとって益になるものは心や精神にも同じように作用するのです。

これは推進力という考え方を描写しています。大きな物体を移動させるとき、加速させるには非常に大きな力を必要としますが、スピードを維持するためにはずっと少ない力で良いのです。運動すると、何か推進力を得るので、やる気や生産性を維持するのはより簡単になります。そのようにして悔い改めに推進力を取り入れ、難しいことを行うためにさらに準備された状態になります。

 

運動は睡眠の質を高める

睡眠は幼児はいざ知らず大人であるわたしたち皆が必要としている運動によるメリットです。長時間非常に大変なことをした日のことを思い出してください。わたしの経験では自分が宣教師として奉仕を始めた頃のことです。アパートに戻ると枕に頭をうずめる前に眠っていました。

運動は24時間周期のリズムを調整する助けとなり、睡眠の質を改善するとも科学は示しています。世の中には覚醒させる物(光、カフェイン、砂糖)と風邪薬のような眠くなる物質があります。もし自分自身でそれらの物質を放出できたら、実際に体がどのように感じているかを察知することができるのです。そして正しい体内の信号を作るのです。そうすると、必要に応じて眠ったり、必要に応じて起きている助けとなります。

睡眠は罪や依存症を予防するには非常に重要です。睡眠が足りないと、正しい判断力は低下します。これはアルコールを飲むことにも比べることができます。

Kent State University の生化学のJ・デビッド・グラス教授の睡眠の影響によって起こる悪い習慣についての引用を以下にあげます。

「アルコール依存症や虐待への遺伝的傾向の潜在的可能性として、シフト勤務、睡眠障害、度重なる時差ボケなど24時間のリズムを狂わす状況があげられます。」

ですから睡眠不足の時は悪い傾向が表面に出てきます。皆さん、もう少し睡眠をとり、体を休めましょう。心も元気になりますよ。

 

運動は再発を防ぐ

これは特に深く染みついた習慣と闘っている人に効果をもたらすものですが、誰にでも当てはまります。運動が自分が陥りたくない状況に沈んで行くのを止めることができるという考え方です。もう一度焦点を当て、あきらめないようにすることができますが、あなたの自律する心を強めることもできます。

科学的見地からすれば、これは非常に理にかなったことです。運動すると、体がドーパミン(幸福感のエンドルフィン)のようなエンドルフィンを分泌します。これにより肉体の化学的信号の伝達をリセットします。これは魔法ではないので、時間はかかるのですが、それは確かに役に立ちます。

チャールズ・デゥヒッグの「習慣の力」で、成功した人は生活の中での休息について核となる習慣があることが分かります。運動がこれらの人々にとっての核となる共通の習慣だというのは偶然とは思えません。運動は心や肉体や人生を構築するための助けとなります。運動の習慣を持つと他の良い習慣を形作ることができ、他の悪い習慣(罪)を再プログラムすることができます。

 

運動は希望を増す

これはわたしが非常に気に入っているメリットの一つです。わたしが思うには、悔い改めを邪魔する最も破壊的なものの一つは「人は変わることができない」という単純な考えだと思います。自分に経験があるから分かります。人は自分が変われると信じないとき、挑戦すらしなくなります。「面倒だ」と思うからです。

わたしは変われる。運動するとそれを信じられるようになります。自己効力感(スキルや仕事をマスターできるという考え)が増すということが研究により分かりました。つまり、運動すると、自分はもっとよくなれるという確信が増すのです。これはより良い人になるときの自然な兆候です。自分の中に、そしてキリストにあって希望を持つとき、すべてのことは可能になるのです。

この恩恵をフルに得るためにわたしは運動に加えて、キリストについて学ぶことにしています。人は自らの中に希望がなければなりませんが、究極的にはキリストに頼る必要があります。ですから、キリストにあって希望を持つ必要もあるのです。自らとキリストに希望を持ち、変われると信じるならば、それだけ変われるようになります。

 

運動は鬱に効く

ニコニコマークが描かれた手のひら

写真はMORMON HUBより

運動は鬱の傾向と闘うにはすばらしい方法です。ただはっきりさせておきたいのは運動が鬱に対処するただ一つの正解であるということではありません。それよりもむしろこの試練と闘うときに使える多くの方法の一つのツールが運動であるということです。運動は処方箋も医師(ほとんどの場合)も必要としないのでわたしは好きなツールです。

わたしの研究によれば、運動は気持ちを高め、うつの症状を和らげます。運動をするとドーパミンが分泌されるからではないかと確信しています。また運動をすることにより、自分は障害を乗り越え、何かをしているという気持ちからも来るのではないかと思います。時には自分には力もないし、満たされず、無力感を感じることが人生にはあるものです。障害を乗り越えると、良い気持ちを感じますし、運動をすると同じように感じます。

落ち込むと際限ない否定的な堂々巡りの一部ともなり得ます。わたしたちは間違いを犯すと落ち込み、それから間違いを犯すことについて気づかなかった自分のことを悲しく思います。そうすると別の間違いを犯し、という風に悪循環が続くのです。鬱々する気持ちを止めることができれば、人生はもっと楽になります。運動は鬱との戦いを助ける一つの方法です。

 

運動は心の機能を改善する

あまりこのことについて考えることはないかもしれませんが、運動をすると、心もきたえられます。研究によれば、運動すると、脳トレゲームをするよりも、脳の健康に良いそうです。もっと考えるためには、もっと運動するということが鍵かもしれません。肉体を動かすと、心臓がより多くの血液を脳に送るので、脳に栄養がわたる。これは道理にかなっています。

もし自分の心を良い状態にしておかなければ、御霊を理解する力や誘惑を退ける力は弱くなるでしょう。強い決意を持った状態で、わたしたちは燃え盛る艱難の炉を信仰を持って突き進むことができるのです。わたしたちは無傷で出てくるでしょう。

 

完全になる必要はありません

運動して悔い改めをするようにすると、完全主義者になる傾向が出てきます。自分がもっとよくできないことで自分に腹を立ててしまうと、さらに悪い方に行ってしまいます。どんな一歩でも貴重なものであることを覚えておきましょう。すべて価値があるのです。前に進むことは測られ、時にはそこに留まっていることしかできなくても、それも測られているのです。主は慈愛に満ちた正しいお方です。

そのようなことを心にとめ、わたしは運動や悔い改めにはただ一つしか方法がないわけではないとお伝えしたいと思います。何でも良いと思うことをやってみてください。役に立つものは何でも良いのです。歩くことが好きなら歩いてください。

 

自分の救いを実現する

がんばってください。ジムに行くか教会に行くかの優先順位の戦いでは教会が勝つといいとわたしは思っています。でも運動することもいつもの霊の健康療法であることを願っています。運動すると本当にたくさんの恩恵を受けることができます。ひらめきを受けることもあるのです。ですから時間をとって、自分の運動の習慣を分析し、どうしたら悔い改めの役に立つか見てみてください。きっと気持ちがよくなって、霊も元気になると保証します。

 

 

この記事は元々はJustin Lewisによって書かれ、MOURMON HUBに投稿されました。

 

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