モルモン教の父親の影響力

わたしは家族について、社会の中で一番小さく、密な人間関係の交流の場だと考えています。わたしたちは家庭の中で多くのことを学びます。家庭は愛の上に成り立ってこそ最善の学びの場です。こどもたちは恐れることなく失敗を繰り返し、改善していくことを学ぶことができます。親たちはこどもたちから愛と許し、そして無邪気な信仰について学ぶことができます。

モルモン教では、家族のつながりをとても大切にしています。

それは最近になって始まったことではありません。モルモン書が書かれた時代、預言者ニーファイは長い苦しい旅路を故郷に戻り、ラバンから記録の載った版を受け取るために信仰を試されました。その目的を、ニーファイはこう綴っています。「もしもわたしの子孫にモーセの律法がなかったならば、子孫はその律法に従って主の命令を守ることができなくなるとも考えた。またわたしは、その律法が真鍮の版に刻まれていることも知っていた。」(第一ニーファイ4章15-16節

モルモン書には、父と子の関係や模範が多く記されています。母親の影響もさることながら、父親が家族にもたらす影響や教えはとても大切なものだからです。

モルモン教の大管長会から発表された「家族ー世界への宣言ー」では、両親の役割が明確に記されており、父親の役割についてはこう書かれています。「神の計画により、父親は愛と義をもって家族を管理しなければなりません。また、生活必需品を提供し、家族を守るという責任を負っています。」家族は神に与えられた神聖なものであり、神の救いの計画に不可欠です。(家族ー世界への宣言ー参照)家族を管理し、守るというのは、聞こえるほど簡単なことではありません。なにしろ家族の救いが父親の導きにかかっているところが大きいのです。では、父親はどのようにして家族を管理し、守るように勧められているのでしょうか。

 

父親としての権能

父親としての一番の模範は、なんといっても天父でしょう。全能の神である天父は、わたしたちの行いに関わらずわたしたちを愛してくれますし、その愛のためにわたしたちに学びの機会を与え、救いの計画を用意してくださいました。天父はその神聖な力を神権と呼び、父祖アダムに与えました。アダムから代々神権は受け継がれ、今も父から子へと受け継がれています。わたしもモルモン教の両親のもとに生まれ、父から兄が神権を受け継ぐのを見てきました。神権を持つ父は、ことあるごとにわたしたちに神権の祝福を施し、主からの助言を与えてくれました。サタンはこの神権の偉大さと、神の救いの計画における家族の大切さをよく知っています。父親の責任の重大さをよく知るサタンは、家族を惑わし、父親を軽視させることにより家族を引き裂くことで、救いの計画を反故にしようと企んでいます。(L・トム・ペリー、父親、永遠の召し、2004年4月総大会)父親の役割はかげかえのないものであり、母親や他の人がかわりに果たすことはできません。母親と同様、父親としての役割は犠牲を伴いますが、その役割は神の権能によって果たされるべきもので、そうするときに大きな学びと喜びを与えてくれるでしょう。

 

父の教え

わたしの父は表立って家族を率いるリーダータイプではなく、どちらかというと陰からわたしたちを見守り、支え、何かあれば準備万端で待っていてくれるようなタイプです。そんな父なので、ああしろこうしろと厳しく言われた記憶より、わたしが壁にぶち当たった時に静かに横にきて話を聞き、助言を与えてくれた記憶が多くあります。わたしが初めて家を出て一人で暮らし始めたのは19歳のときでした。それまではうっとうしいと感じることもあった両親の教えがわたしを備えてくれていたのだと本当に気がついたのはその時からでした。母とはたくさんのことを話しましたし、たくさん叱られたので、ことあるごとに母の教えが思い浮かぶのは不思議な事ではありませんでしたが、それほど言い争ったり強く言われた覚えのない父の言葉がたびたび浮かび、決断の指針となることが多かったことには内心驚いていました。それほど、無意識とはいえ、父親の教えは大切で、その影響はわたしの人生に深く根付いていたのです。父は福音に従い、わたしたちに真理を教えて育ててくれました。そして決してそれを強要はしませんでした。父のこの模範を考えるとき、わたしは天父もきっとそうだろうと考えます。天のお父様もきっとわたしの知らないことを知っていますし、聡明ですから、わたしの選び一つ一つにやきもきしているかもしれません。それでもわたしの選びを尊重し、真理を強要せず、わたしが経験から学ぶことをゆるしてくれるのです。

神は、その機会をすべての男性に与えました。男性が父親として子どもたちを導き、ときにやきもきしながら、教え、尊重することは、子どもたちの人生に不可欠なのと同時に、神の計画にも不可欠です。

 

父親の役割

わたしたちモルモン教の会員は家族の中での役割を「神からの召し」ととらえます。教会内で与えられる召し(役割)と違い、父親、母親といった召しは永遠の召しです。十二使徒のD・トッド・クリストファーソン長老は、この永遠の召しについてこのように話しました。「男性は父親になると,自分の弱さや改善すべき点が明らかになります。父親の務めは犠牲を要しますが,比類ない充足感,実に喜びの源です。父親は家族に仕え,家族を支える務めを果たしながら,日々自分の命をささげてその愛を示します。」(D・トッド・クリストファーソン、父親、2016年4月総大会)父親の役割は、家族を管理し守ることだと紹介しましたが、その中にはもちろん導くことも含まれます。クリストファーソン長老は同じ話しの中で、「父親として最も重要な務めは,自分の子供たちの心を天の御父に向けさせることでしょう。日々の生活の中で神に忠実であるとはどういうことかを,父親が模範と言葉によって示すことができれば,その父親は子供たちに,この世における平安と来るべき世における永遠の命の鍵を与えたことになります。」と言っています。この世における平安と来るべき世における永遠の命の鍵は、この上ない贈り物です。そんな大きな贈り物を与えられるのは、子どもたちの母親とパートナーとして責任を果たす父親たちだからこそです。

父親としての役目は、決して簡単なものではなく、決して軽んじられるべきものではありません。あなたのお父さんも同じように、大きな犠牲を払い、日々命を削って家族を養い、導き、この偉大な召しを果たしているのです。