「わたしは資格を持った南部バプテスト教の牧師です。わたしはモルモン書を受け入れています。」ずっとモルモン教はカルト集団だと思っていたバプテスト教の牧師がモルモン書について証をしたのです。

 

バプテスト教の教えとモルモン書

リン・ライデンアワー牧師は、こういった言葉で「モルモン書のバプテストバージョン」と題した記事を書き始めている。このタイトルについて、彼はそれが半分冗談めかしいものであることを認めているが、彼はモルモン書全体を信じており、「モルモン書の中には、聖書の教えに反するものはひとつもない」ということを発見したからだ。

しかし、ライデンアワーは読み手に、この事実が彼の現在の信仰の道を思いとどまらせるものではないことを忘れずに知らせている。

「わたしはこの本に記録された真理を信じます。いいえ、わたしはモルモンの信仰に改宗してはいませんし、そこから『派生』した復元末日聖徒やそれ以外のどんな宗教の会員でもありません。わたしは今でもバプテスト教の牧師です。正確に言えば、わたしはカリスマバプテストです。でも、いいですか?わたしはそれでもモルモン書も真実であることを信じます!

あなたの言いたいことはよくわかります。『モルモン書を信じるカリスマバプテスト牧師?ありえない。そんなのプロテスタント教のローマ法王みたいなものじゃないか…』

いいえ、ちがいます。これらは相対するものではないのです。プロテスタントの教義とモルモン書のふたつは、まさに手に手を取り合っているのです。これらは対立してはいません。実際のところ、モルモン書がバプテスト派の聖歌集よりも『バプテスト的』である部分を、わたしはいくつも発見しました。

これを信じるのが難しいことはわかっています。でも真実なのです。わたしはモルモン書を初めから終わりまで読み、バプテスト派の牧師として、この本のなかに聖書と相容れない教義がひとつもないことを発見しました。」

 

モルモン教の人たちへの恐れから彼らの本を信じるまで

このような驚くべき真実を明らかにしたあと、ライデンアワーは昔にさかのぼり、今までの人生の道程を紹介することで彼もまた、多くの人と同じようにモルモン教をカルト集団で恐れるべきものであると信じ込んでいたことを紹介した。

「オザーク地域の、小さく保守的なバプテスト教会で育てられたわたしは、モルモンはエホバの証人やキリスト科学者たち、またはアームストロングの信者たちとなんの違いもないと強く教え込まれてきました。それらの宗教はすべて、遅かれ早かれあなたの家に訪れます。わたしたちは、両親たちから『それらの誰も家に入れてはいけない、そして彼らが勧めるものは何も買ってはいけない』と指示されてきました。それらはみなカルト集団だからです。モルモン教がキリスト教の異端であることは明らかでした。

わたしは、モルモン書は嘘だと教えられてきました。わたしたちには聖書があり、誰も聖典に付け加えることはできないし、そうする者の霊は地獄に落ちると教えられてきたのです。」

 

しかし、彼がモルモン書にチャンスを与え、その言葉を試して見たとき、彼はその本が有する真理を否定することができなかったのだ。

 

モルモン書が失われた聖約を回復する方法

友人からの絶えることのない「その本を本当に信じているわけじゃないよね?」という質問への答えとして、ライデンアワーは、プロテスタントの教義と認可という深いトピックに触れながら複雑な主張をしている。彼によれば、多くの人はモルモン書に書かれた真理に反対はしていないという。それは彼らが実際にはモルモン書を読んでいないからだ。多くの批評家が反対しているのは、聖書に付け加え、「聖典とは何か」という定義を変えるというその考え方にである。

しかし、ライデンアワーはこう指摘している。

「キリスト教の認可というコンセプトは、コンスタンティンの頃によく使われるようになりました。その頃の教会というのは、国家主義やこの世の教えにより侵食された状態にあったのです。」

ライデンアワーは、この考えと携挙(キリストが再臨するとき地上のキリスト教徒が不死の状態になりキリストに会うこと)が唯一モルモン書を受け入れることからプロテスタント教徒を引き止めている理由だろうと指摘する。また、彼はこれらの教義はどちらも、実際にはまったく聖書や聖典からきたものではないことを示している。これらは、政治的原因からなるものであったり、または後から付け足された教義なのだ。

それから、ライデンアワーはモルモン書自体に言及し、霊感を受けて書かれたこの本から何を学ぶことができるか、すべての読み手に教えを説いている。彼は、モルモン書の中心となるテーマは聖約の回復であると強く主張している。ライデンアワーはまた、聖書自体が聖約の書であることを多くの人は見逃していると説明する。それは、聖書のなかに含まれた聖約の多くの部分が失われているからだ。彼はこのように言っている。

「モルモン書は、この末日に主の民のなかに回復される聖約の預言の書です。契約書にサインすると、人々は違う行動をとるようになります(特にその契約書が神とのものであればなおさらです!)彼らは結果を重んじるようになります。この末日で、わたしたちは主との契約書にサインするということ、そしてそれに従って行動するということがどういうことなのかを学ぶのです。聖書にある救いの業に関する預言が、主の民に再び与えられます。主の御名に誉れがありますように。

言い換えれば、モルモン書の中心となるメッセージは、悔い改めてキリストのもとに来るように、つまり主との聖約を交わすことです。そしてこのメッセージこそ、この末日で注目を浴び始めています。だからこそ、わたしはモルモン書を受け入れているのです。わたしたちの世代は、キリストと聖約を交わすことについて(完全に無知ではないとしても)ほんのすこししか知らないのです。」

 

ジョセフ・スミスと彼の最高の業

モルモン書についての彼の信条を築き上げ、ライデンアワーはモルモン書からいくつかの聖句を引用し、バプテスト教会の牧師である彼がなぜこれらの霊感を受けた言葉を支持しているのかを示すことで、記事を締めくくっている。

結論として、ライデンアワーはもうひとつの驚くべき行動をとった。この本を褒め称えたあと、彼はこの本を翻訳したジョセフ・スミスについても言及したのだ。歴史的な事実を引用しながら、ライデンアワーはジョセフ・スミスの正直さ、簡潔さ、謙遜さ、そして誠実さを証明し、「モルモン書とその翻訳者」を熟考することで、一度は閉じられた人々の心は開き、これらの素晴らしい真実を前に態度を変えることにつながるだろうという答弁をもって記事を閉じた。

 

この記事はダニエル・ワグナーによりldsliving.com”Baptist Minister: “I Embrace & Believe the Book of Mormon“”の題名で投稿されました。

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